このブログ、パーティーの告知ばかりなんで…たまには告知以外のことも。
最近、自分の物欲の無さに驚いています。
最近、自分の物欲の無さに驚いています。
もちろん、 レコードやCDは相変わらず大量に買っているんですが、 それ以外のものは買わなくなりました。
あとは登山用具を買うくらいか…。
自分が欲しい!と思えるもの、 自分の気持ちにフィットする商品を見つける機会が少なくなったの かもれしれませんが、それでも一昔前は、服や小物、家具、 多岐にわたって興味がもっとあったように思います。
各所のセールとかに目を輝かせていたことが懐かしい! 今では、さかいやスポーツや石井スポーツのセール品のチェックくら いしかしなくなってしまいました…。
男性は年を経ると一般的に物欲とか無くなって、 角が取れてまるくなるらしいので、自分もその傾向にあるのかな~ とか色々と考えてしまいました…。だとするなら、 それも悲し過ぎるな~と。
ただ、思考を重ねた結果、そういうことではないんだ! という結論に達しました。
要は自分自身やその身のまわりに偏執しなくなったのだと。
昔は自分の購入(セレクト)するものでしか、 自分という曖昧な人間を見せることしかできなかったように思いま す。そのセレクトの質によって自分の評価を高める、 そんな感じでしょうか。 消費社会にどっぷり浸かっていることを良しとしていたかもしれま せん。
もちろん、自分の中でのこだわりのようなもの、 そういうものは今でも持っています。 それは消費社会に依存しているということとはまた別の話のように 思います。
僕はバタイユの翻訳者としても有名な仏文学者の生田耕作という人 が大好きなんですが、彼の著作でもある「ダンディズム」 で描かれているボー・ ブランメルの芸術にまで昇華した自意識の強さにも、 もちろん憧れていますし、その価値も理解できます。 僕とは全く別次元の話ですが…。
ただ、ある時期から、 あまり自分を良くみせることに興味がなくなった(← 色々な人達から突っ込まれそうですが…)というか、 元々僕個人が何をやったって、 そのことによって生み出される価値などたいしたことじゃないとい う気持ちが強くなってきたんですよね。
僕の部屋よりも素敵なカフェやバール、レストラン、 友人宅はたくさんあるし、 周りにはすごいDJミュージシャンばかりで、 いい音楽をいつでも聴きに行けます。 はっきり言うと、僕よりも色々な意味でカッコイイ人ばかりなんで、 そこを僕が気にする必要すらないのが、最近ラクでよいのです。 自分で完結する必要がなくなった、 そういうふうに考えるようになりました。
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さて、 ここからいつものようにパーティーやDJの話になっていくのです が、じゃあなんでそんな僕が、 およそパーティーを主宰していたり、 DJをしているのかということです。
もちろんパーティーやDJを通して自己表現をしたいから、 というのもあるんですが、でも先ほど説明した通り、 僕個人が何かを表現したいという気持ちがすごい強いわけでもない んですね。
昔の僕ならパーティーをオーガナイズするのは、 そこのパーティーや場所で自分がDJしたいから! っていう欲求が強くあったからなんですが、今では自分、 DJしなくてもいいんじゃないかって思うようになりました。
(このことについて考えていると、 前にもブログで書いたことがあるんですが、大学生の時、「 いいパーティーには、DJをしない、 ちゃんとしたオーガナイザーっていうのがいるらしいぜ!」 って友人から言われて、「ありえないでしょう~。 そんなの辛いだけじゃん。DJしなきゃ報われないよ。」 って話をしたこと、ついこの間のことのように思い出すんですね~ 。人って変われるものだ…。)
(このことについて考えていると、
こう考えるのには、2つ理由があると思います。
まず、自分よりも表現者として素晴らしいDJが、 パーティーにいるということ。
そして、 DJ以上にパーティーというもの自体を表現の場所だと捉えている ということ。
前者については、言うまでもなく、事実としてそうだと思います。 いつも本気でDJをしているんですが、 それ以上に素晴らしいDJがたくさんいるんですよ…。
ただ、 ジャンルの広さを自身のDJの長所だと思ってやってきたことが、 各所でそのジャンルを極めた人達と一緒にやらせていただく機会を いただけました。それによって、 より自分の足りないものが見えてきたから、 そう思えるようになったかもしれません。もちろん、 近づけるように努力はしていますが、なかなかね…。
僕に持ち味があるとするなら、 ありとあらゆるパーティーと呼ばれるものでDJをとにかくたくさ んしてきたので、いつでも“ほどよいDJ”をできることでしょうか。 だから、自分のパーティー以上に、 お呼ばれするパーティーではいいDJができるように努力していま す。
後者については、僕に限って言えばそう考えています。そして、 それは僕個人の表現の場とかそういうのではなくて、 参加している人達がみんな一緒になって創り上げる表現の楽し さに魅了され続けているということです。何者にもなれないけど、 でも自分達でもできることがあって、 その楽しさを共有していくことに、希望をというと大げさですが、 そういうものを感じています。
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communication! でもDJをしてくれている内沼晋太郎君の著書「 本の未来をつくる仕事/仕事の未来をつくる本」に“ よくわからない人になる”ということについて書いてありますが、 ほとんどのDJがまさにこの本に書いてあるような“ よくわからない人”です。
ここで書いていることは、仕事=お金を得るということではなく、 仕事=自分がやりたいこと、つまるところ自分を生かして、 世界に何かを還元し、つながりを持つこと、そういう“ 仕事”を持つことによって、 より良く生きることができるのではないか、ということです。 本職以外でも何かをやっている“よくわからない人” になることへのススメです。
好きなことをやってお金をもらえている人達は一握りですし、( お金を得る)仕事で自己実現できない限りは 生きている意味がない!と考えてしまう、もしくは( お金を得る)仕事は元々つまらないものだ…と思ってしまうなら、 それこそ、この資本主義社会の中では“生きにくさ” を感じてしまいますよね。 彼はそういう資本主義の枠外でも世界を持つことによって、 思いもかけないところで、 楽しさを見つけられるものだと言っているように思います。
「自分の仕事をつくる」 の著者の西村佳哲さんがその補稿として書いた「 自分をいかして生きる」という本が先日出版されたばかりですが、 前著よりも現世界への違和感が強調されていて、 興味深い読み応えのある一冊となっています。
内沼君の「本の未来をつくる仕事/仕事の未来をつくる本」は、 この西村さんの違和感とどう折り合いをつけていくか、 僕らと同世代、そして、より若い世代に向けて、 いい意味で敷居の低い、 具体的なアプローチについて書いてあることがいいな~と、 あらためて読み返し、そう思いました。
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お金をもらう本職とはまた別のところで、DJはそういう“仕事” をしているように思います。
本職がDJという人は実はそんなにいないのです。 特に自分で楽曲を作っていない、 その名の通りのDJしかしていない人なんて本職ではほとんどいな いでしょうね。
そういう本職ではない“仕事”をしているという意味で、 およそ多くのDJと呼ばれる人達がその人達が思っている以上に、 社会にコミットしていると僕は思うわけです。
本職がDJという人は実はそんなにいないのです。
そういう本職ではない“仕事”をしているという意味で、
自分自身への投資とか言って個人への消費を煽る時代に、 自分以外の誰かに聴かせるために、レコードを本職で稼いだお金で購 入する姿は清々しいものがあります。
そこにはいい音楽を共有したい! という真摯なメッセージがありますし、 そのメッセージを発信したいと思えば、 このカルチャーはとてもオープンなので、 少しだけ努力することを厭わなければ、 誰でもDJをやってみることができます。
もちろん、その“仕事”には、 お金を払って参加してくれる人達や、 そこの場所を提供することで生計を立てている人達が関わってくれ ています。ですから、 その人達と一緒により質の高いものを創り上げていく努力が不可欠 ですし、 誰でもできるからと言って甘えてはいけないところだということも 忘れてはいけない。
本当に長々と書いてしまいましたが、 自分の物欲が以前に比べると随分無くなったのは、 パーティーやDJを通して“共有” ということについて学んだからかもしれません。
そして、僕はいつもまにか周囲の人達から、色々な意味で、“よくわからない人”に見られるようになってしまいました…。ハハハ…。
そして、僕はいつもまにか周囲の人達から、色々な意味で、“よくわからない人”に見られるようになってしまいました…。ハハハ…。
ちなみにDJのことばかりになってしまいましたが、 パーティーのことももっと書こうと思っていました…。 これは続編としてまた次回に。
そういえば、内沼君がパーティーについて書いていたので、 こちらもどうぞ。↓
6 件のコメント:
とても素敵なことだと思います。
同じようなときがありました。
原寸大とか、認めるとか、ありのままとか良く使う言葉は、使うだけのことがあって、あきらめるとか、執着しないとか、そういうのでなく、受け止める、みとめるということに自然にリアルになったのかもね。
想像や過去、見えないものに振り回されることと、振り回される必要のないこと、想像=創造を生かすことの違いを満喫できるようになったのかもね。
そうおもえた時、とても、幸せだと私は思います。
それに複雑化が大好きな人間、シンプル化ができる人は、これまた、とても素敵だと思います。
DJイベントまた行くね!!
楽しく読ませてもらいました。
買い物は、選挙だと思っています。
Sachi109さん
いつもコメントありがとうございます!
そうですね。うまく年を重ねることができたのかもしれません。
まあ、酔って記憶を無くすタイプの人間なんで、まともではないですが…。
今後とも宜しくお願い致します!
KAZAMAさん
ありがとうです!!!
蜂をまた炎上させます!!!
Minami君
同感!!!
投票権はたくさん欲しいけど(笑)。
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